心の底から魂を揺さぶられたアニメ

新世紀エヴァンゲリオンがそれです。初めて見たのは中学2年生の頃、リアルタイムで見ていたため、主人公の碇シンジと同じくらいの年齢だったと思います。まず衝撃を受けたのが「逃げちゃだめだ」というセリフ、本当に頭をハンマーで殴られたかのようなショックでした。まさにその時の自分が置かれていた状況、どうしても逃げたくて逃げたくて仕方がない、でも自分は子供で、大人ではないから逃げ出すことは不可能という現実に打ちのめされていました。そんなときに出会ったのがエヴァでした。シンジもそのほかのキャラクターもすべて、等身大の我々と同じ感性を持った人間だと気づいたとき、逃げることをやめようと決意しました。誰でも心に闇がある、つらい過去だってある。それでも何とかして生きていかなければいけない。忘れることができなくても、その記憶と向き合って折り合いをつけて生きていかなければいけない。そう感じた時にはもう私の中で、エヴァンゲリオンというアニメはアニメの枠を超えていました。人類補完計画という、すべての人間の精神をつなげることで世界をひとつにするという目論見も、なぜかすとんと腑に落ちたことも覚えています。人間は弱い、だから誰かとつながろうとする、それならいっそ全部淘汰してひとつにしてしまえばいい。怖いとは思いませんでした。意味が分からないとも思いませんでした。なるほど、そういう風に考えることができるのかと、妙に納得していた自分がいたのです。その時から、私は諦めることを知ったような気がします。コドミン

短大時代に楽しかったミュージカル部の思い出。

私の短大時代、かれこれ30年近く前になります。今でこそ女子でも大学に行く子は多いですが当時は短大が人気でした。私の短大は保育科のみ、そう、保育園、幼稚園などの先生になる為の学校です。就職率100%という保育士希望の学生の中では憧れの学校でした。ミッション系という事もあり、お祈り、キリスト教学、季節の行事、と私にとっては珍しい事ばかりでした。難関校のなか運良く受験に合格した私でしたが知っている友達が周りに1人もいなくて友達を作る所からスタートした学校生活でした。すぐに仲の良い友達ができました。ある日友達に誘われてある部活動の見学に行きました。子供の為のミュージカル部です。演劇、ダンスなんてした事もないばかりか観に行った事さえなかった私、でもいつのまにか友達に誘われ入部していました。サークルなんて物ではないので毎日放課後に練習があります。土日ももちろんです。9時、10時まで練習のある日もありました。ハードでしたが友達もたくさん出来ました。先輩も優しかったです。近くのホールを借りての公演、保育園幼稚園へ招待されての公演。セリフを言うのさえ恥ずかしかった私でしたのに毎日楽しく大きな声でセリフの練習をしました。下手だったけどダンスも踊りました。始めて舞台に立った時はすごく緊張しましたが、それよりも興奮で一杯でした。公演を終えた時の満足感ははかり知れないものです。観客のほとんどが子供達、お父さんお母さんの為、反応がダイレクトに解ります。2年間の部活を終え最後の卒業公演の事は今でもはっきり覚えています。今では皆んなそれぞれ家庭があり、なかなか会える機会がありませんが久しぶりに会うと思わず当時のセリフや歌を口ずさんでしまう私達です。短大時代の部活動、友達、それを取り巻く環境、いつまでも忘れる事はありません。ドモホルンリンクルの評価とは?

そう簡単に忘れられない、あの日のこと

最近いらっとしたことを書きます。いらっとしただけでなく、そのあと背中に、二の腕に、肩に、筋肉痛を数日間に渡って授かりました。

職場でのある仕事が原因です。私は、その職場で最も新入り、最もしたっぱの位置にありました。しかしながら、一生懸命働こうという姿勢は見せたつもりですし、成果に関しても自分でいうのも何ですが、まずまずだったことは異論なしです。

その日、朝から私は一生懸命働こうと、努力していました。定時に行われる一斉ラジオ体操では、ほとんどが無気力無意味全開でたらたら動いているのを横目でみながらも、てきぱきと、場の雰囲気が一瞬変わるくらいがんばって朝の大切な時間を精一杯取り組み続けていました。

さて、その日の仕事は、私にとって全く新しい仕事内容でした。常識的に考えて、私以外の職場の皆さんは、私がその仕事にたいして全く初対面であることは、お見通しだったはずです。ですが、驚くべきことが起きました。愛想のない数名の同僚が、一切の指示や一切のアドバイスもくれないのです。中心的人物である男性の同僚も、冷たい目で、自分の仕事だけをこなしています。しかも、厄介なことに、私が質問をしても、とても聞き取りにくいくぐもった声でなげやりな一語文が帰ってくるだけです。半分以上は聞き取れず、残り半分も私に言われているようには聞こえず、残り4分の1は、嫌みを感じました。

いったい、なんの罪があってこんな仕打ちを、と心のなかで何度唱えたことでしょう。
そこは、報酬を得ている身です。ひたすら、前向きにこなすしか有りませんでしたが。
さすがに、いらっとしました。あの日のことは、そう簡単に忘れられません。デパスを通販で買うには?

出産祝いと引き換えたものは、なんと

これはわたしが友達と遊んだときに起こった出来事です。
わたしは今年出産をしてたくさんの方から祝福の言葉やお祝いものをいただき感謝の気持ちで
いっぱいでした。

その日あった友達もわたしの出産報告を受けて気を使ってくれたのか出産祝いをくれました。
直接渡したいからということでまだ3ヶ月の子供を抱きかかえて待ち合わせ場所へ行くと友達はすでに待っていてくれていて
到着と同時にプレゼントをくれました。
感謝の気持ちでいっぱいになったわたしは「ありがとう、大事に使うね」と伝えると
「それ、3000円もしたんだ」と金額を言われて困ってしまいました。

返す言葉がなくなったわたしは、なんて言っていいかわからず気まずい雰囲気が流れたので
とりあえず「高いプレゼントくれてありがとうね」と伝えなんとかしのぎました。

昼頃になりランチへ行こうと言い出した友達についていくと高そうな和食屋さんへは行ったのです。
外に提示されていたメニュー表を見てみると一食4000円もするところで専業主婦のわたしからしたら大きな出費。

友達はすでに入店しており断ることもできず、とりあえずわたしも入りました。
やはりメニュー見ても高いものばかりなので一番安いランチを注文し食べていました。

お会計のときになると友達が「さっき出産祝いをあげたんだからこれどうするの?割り勘なの?」と聞いてきたので
「割り勘でもいい?」と聞くと「さっきあげたんだから、払うのが普通じゃないの?非常識と言われてしまいました」
わたしは内心どっちが非常識だよとイライラしてしまいました。女性ホルモンを増やすには?

我々なりのオススメ夏季のUV対応策を教示

毎年のことですが、ミッドサマーのUVはとても激しいですね。我々は昔から絶対に焼きたくない派なので、夏季の訪問は日焼け止めが欠かせません。べつに赤道直下やハワイじゃないんだから、日本の夏場でもそんなに強力な日焼け止めは無用よといわれても、ドラッグストアで色々と選んで、一番凄いものを買ってしまう。しかし、日焼け防護のアーム補償などはどうしても講じる気になれません。スキンを焼かないようにするためのUV対応策で、スキンを出さない意味がよくわからないからだ。それに、以前援助人間が対戦テーマのアーム補償をしていて、対戦の様子の特徴に焼けてしまったのを見て以降、絶対にアーム補償はしないと決めました。UVが手強い時間の対戦テーマは危険ですね。我々はスキンが露出する部分は全般日焼け止めを塗ります。サンダルを履く場合は徒歩の指までしっかりと塗りこみます。耳にも塗ります。しかし、コツだけはどうしようもありません。しっかり塗ったとしても、お手洗いのごとなどに洗うと落ちてしまいます、逐一塗りなおしたほうがいいのでしょうか。我々は元々ところ黒な人なので、UV対応策は特に意思を使います。もうこれ以上黒くなりたくないの一心だ。先天的にスキンが白い人間はちょっとうらやましいだ。